最新更新日:2024/06/13
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子どもに自己実現力を

花壇

「一億一心」
 第二次大戦前に当時の近衛文麿首相が使った言葉です。この石碑は開校前から敷地内にあり,旧陸軍施設の名残と言えるものです。碑の裏側の銘文は削り取ってあります。大戦前から戦後にかけてのこの国の姿,変遷を映す貴重な資料だと思います。
 この言葉は国民を戦争に駆り立てるために使われた経緯もあり,強い負のイメージがあります。しかし,言葉自体に罪があるわけではありません。言葉を遣うのは人間です。
 心をひとつにする,共通の価値観や目的意識をもって物事に取り組む,そのこと自体はとても大切なことです。

 この石碑を取り囲む花壇は,石碑同様かなり長い間放置されていましたが,業務員のみなさんが綺麗に整えてくれました。大きな石や煉瓦も数多く埋まっており,なかなかの重労働でした。
 石碑の変遷や言葉の意味を考えることが出来るよう,沢山の花で回りを飾りたいものです。

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引越

 土砂災害などの影響で,予定より1ヵ月以上遅れてやっとプレハブ校舎が完成しました。工事関係者のみなさんは,土・日・祝日に作業してくださったこともありました。ありがとうございました。
 今日は児童・生徒と教職員で引っ越しです。プレハブ建設にご尽力いただいた関係者の働きや思いを噛みしめながら,出来るだけ現状を維持できるよう,大切に大切に使いたいと思います。

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「まだ駄目だ」

「もう駄目だ。」
「まだ駄目だ。」
 同じように駄目なんですが,ふたつの言葉には大きな違いがあります。
 前者は可能性を断ち切ってしまう言葉です。その先はありません。後者には続きがあります。少なくとも可能性に向かって進もうとする意欲や姿勢を感じます。
 これは,今季限りで引退することを決めたカープの新井貴浩選手を評した言葉です。衆知のとおり,彼はどんなに叱られても,どんなに失敗しても,常に「まだ駄目だ。」という姿勢で野球に取り組んでいます。
「不可能を可能にする。」
 誰しもが憧れるスーパーマンのような人間に,才能や能力によることなく「できるまでやり抜く姿勢」によって,誰しもがなれるかもしれない。生き方でそう示してくれた選手だと思います。きっと,「無理です。」「できません。」という言葉を使うことはほとんどないのでしょう。
 まさしく生きた教材です。子どもたちに学んでほしい,手本にしてほしい姿勢です。

蝉の声

 猛暑のせいか,今夏は蝉の声が耳に残らなかったように感じます。
 周知の通り,彼等は長い時間を地中で過ごします。成虫として自由に飛び回り命を謳歌できる時間は数日しかないと言われ,命のはかなさ,懸命に生きる姿勢などのシンボルとして取り上げられることが多いようです(実際は1ヵ月くらい生きるそうですが)。
 彼等が自由に飛び回る時間は,実は試練なのではないかと考えることがあります。蝉は特別に素早く飛べる生き物でも,硬い甲殻をもっているわけでも,武器をもっているわけでもありません。実際に何度か見たことがありますが,鳥にとっては格好の餌です。彼等にとって,空は敵だらけで非常に危なっかしい空間です。交尾して子孫を残すために,懸命に歌い,飛び回るのが彼等に与えられた「自由」なのです。
 そうした意味で,地中はある程度安全と生命の保障された空間なのではないでしょうか。勿論,土竜などはいるにせよ,鳥類ほどの危険はないでしょう。大きな温度変化も豪雨などの気象変化も受けにくく,むしろ暮らしやすい空間なのかもしれません。彼等は地中で変態を繰り返し,敵だらけの空を生き抜くための力をじっくりと身に付けていくのです。
 子どもたちにとって生き抜くための力を磨く場所は学園であり,学校です。「自分は大勢の人に守られている」という安心感を子どもたち一人ひとりが自覚できるような教育環境を創るために,研鑽を重ねたいと思います。

似島学園創立記念日

 授業再開。久しぶりに全員が似島学園小中学校に揃いました。
 同時に今日は似島学園創立記念日。原爆投下一年後,被爆孤児のために奔走した森芳麿初代園長がこの地に学園を創設して72年が経ちます。日数にして26297日。秒だと22億7206万800秒。その瞬間瞬間に,学園指導員,関係者,本校教職員,そして何より子どもたちと保護者の方々,どれだけの人のどのような思いがこめられ,注がれ,流され,切り取られて来たのでしょう。その蓄積に思いを巡らすことが,これからの進むべき道を少しでも明るくすることにつながると思います。
 記念日というのはそういうことだと考えています。

8月6日

 昭和20年8月6日。
 母は爆心地から1.4km,今の日赤病院あたりで被爆しました。
 校舎の瓦礫から這い出して逃げることができた同級生は,わずか1割ほどだったと聞いています。頭と腕,足に火傷を負い,命からがら比治山に辿り着いたこと,その後収容された広島陸軍被服支廠に叔父が五日市からリヤカーを引いて探しに来てくれたこと,頭にできた大きな血膿を近所の復員兵の方が軍刀で切って出してくださったこと,久しぶりに登校の指示が出て,学校に割り箸を持って集まると,最初の授業は友人のお骨拾いだったことなど,小さな頃から寝物語のように聞かされました。

 聞きながら,私には釈然としない辛い思いしか残りませんでした。
 なぜ母がこんな目に遭わなければならなかったのか。
 しかし,誰が悪かったとか,誰のせいだとか口にすることもなく,語気を荒げたこともなく,母はいつも淡々とその凄まじい出来事を語るだけでした。その代わり,必ず最後に付け加えた言葉があります。
「戦争に勝者も敗者もない。あるのはただ,犠牲者だけなんよ。」
 女学校一年生,市井の一市民として感じた戦争を,ありったけの感情で語った言葉なのだと思います。
 
 長く取り組んだ被爆証言活動が縁で,映画「夕凪の街 桜の国」の端役で出演が決まったとき,「この歳で女優デビューじゃ。」「生きとくもんじゃねぇ。」と喜んで見せてはいましたが,果たしてどんな思いで撮影に臨んだのか,映画のテーマにどのように関わろうとしたのか,試写会直前に他界した母から聞く機会は遂にありませんでした。
 
 犠牲者になった先人の方々を思い,今年もこの日を迎えます。
 似島学園小中学校は静かな一日になります。

 合掌。

盆法要

 本校では毎年8月5日に「盆法要」を行います。
 似島には未だに戦時下の軍の施設の遺構が残っています。8月6日の原爆投下後,施設の一部は被爆者の収容所になりました。ここで亡くなられた被爆者の方も大勢いらっしゃいます。地下に眠ったままの遺骨も多くあると聞いています。
 今日一日,似島学園・似島学園小中学校合同の行事として,清掃活動,灯籠づくり,盆法要,灯籠流しといった活動に取り組みます。
 戦争で,殊に被爆によって無念の最期を遂げられた多くの先達の御霊に,心閑かに思いを馳せて過ごす一日にしたいと考えています。

プレハブ建設中

 経験のない豪雨の後は,経験のない猛暑が続きます。広島市内の公立学校で唯一教室にエアコンが設置されていない本校では,子どもたちも教職員も大汗ふきふき,暑さに負けそうになりながら夏休みを迎えました。
 同時に,職員室棟の裏で,豪雨被害の影響で遅れていたプレハブ校舎の建設が始まり,待望の耐震工事,エアコン設置への見通しが立ちそうです。
 全国各地で熱中症による事故の情報が飛び交う中,工事関係者の方々はプレハブ建設作業に熱心に取り組んでいます。島には陽射しを遮るものがないせいか転勤してきたばかりの私には特に暑く感じるのですが,彼らは黙々と,長時間ヘルメット姿で汗にまみれています。
 工事関係者のみなさんは,この酷暑の中,どうして過酷な作業を続けることができるのでしょうか。災害ボランティアは熱中症防止のため,10〜15分交替で作業に取り組むことになっています。午後の1時間足らずの職員作業で汗だくになり,疲労困憊になる我が身を情けなく思います。その横で工事関係者のみなさんは延々と作業を続けています。
 建設会社を経営する知人に聞いたところ,休憩の回数は少ないですが,休むときは日陰で充分長く休みますよ,最近は作業着に簡易クーラーのようなものが付いているものもあるのですよ,と返答をいただきました。しかし,何よりも「慣れ」なのだそうです。工事関係者のみなさんは,毎日屋外や熱のこもる屋内で過酷な肉体労働に勤しんでいらっしゃいます。自然に,発汗による体温調節などの身体機能や精神的な耐性が常人よりも鍛えられています。同時に大切なのは,無理をしないことだそうです。この意識が高いこと,実行できることは,作業に見通しをもった上で,自分の体を完全に把握できているということです。
 学校教育活動の中には,体育科の学習や健康診断,運動会の取組,クラブ活動など,自分の体を鍛え,自分の体を知る機会がたくさんあります。子どもの安全について万全を期すのは当然のことですが,教育活動の中で「知・徳・体」の面から子どもたちの力を鍛えていかなければならないと思いました。
 

家庭学習の意義

 夏休みに学ぶことは何か。
 どこの学校でも,たくさんの家庭学習課題が用意されていると思います。学習内容そのものも大切だとは思いますが,家庭学習への取り組みを通して,自律した生活リズムを鍛えることこそ重要である,と私は考えています。
 家庭学習の意義は,自分自身の意志の強さで自分自身を学習の場に向かう習慣をつくることにある。少なくとも私は,担任としてそのように指導してきました。
 正直,誰だって家庭学習は敬遠したい。学習活動とは,大きな達成感と強い自己抑制力がないと生まれない活動です。大きな達成感と強い自己抑制力は,いずれも学校生活の中で育くむべきものですが,家庭学習の場を活用することでも効果的に身に付けることができます。
 休みたい,手を抜きたい,遊びたいという欲求をコントロールし,決まった時間に学習環境に身を置く訓練をする。何でもいいから「テキトー」に済ませて家庭学習を終わらせたい,という感情を抑え,丁寧に取り組む。確かめをする。この繰り返しが,自己管理能力の育成に大きく寄与することは間違いないでしょう。
 本校の子どもたちは学園での家庭学習になりますから,少し様子は違いますが,それでも自分で自分を鍛えるチャンスであるこの長い期間を,それぞれが有効に活用してほしいと思います。

責任を果たす

 19日の朝,市営桟橋で普段見ない船にたくさんの高校生が乗っていました。Tシャツの背中に「HIROSHO」の文字。なるほど,高校野球広島県大会に参加する広島商業高校野球部の一行か,と合点がゆきました。調べてみると,呉二河球場の第1試合。西日本豪雨災害の影響で,復旧したばかりの国道31号線は大渋滞が予想されるので,時間の計算できる船便をチャーターして呉港から移動するのだろうと予想しました。
 何としても試合開始に間に合わせるために,あらゆる手段を勘案し,万全の体制で今朝を迎えたのでしょう。広商野球部の選手,関係者の皆さんは,相当な緊張感をもって今日を迎えたはずです。彼らの健闘を祈ると同時に,「試合開始に間に合う」という結果を責任もって果たそうとする姿勢は,私たち社会人にこそ求められるものだと,改めて気もちが引き締まりました。
 職業に就いている私たち社会人は,常に何らかの結果を社会に問われているのですから。最善を尽くしただけでは不十分です。結果がついてきてこそ,最善を尽くした過程が認められる。
 社会人としての責任とはそういうことだと思います。

手を伸ばす

 水泳記録会が行われました。
 子どもたちには,「プール水を見なさい。眩しい日の光を受けて,きらきらと輝いている水に皆さんは今から挑戦します。自分のできる限りの力を出し切りなさい。そのために,大きな声を出して返事をし,身体の力を起こすこと。大きな声で応援をして支え合い,友だちの力を引き出すこと。この2つを意識しなさい。」と話しました。
 すいすい泳いで自分の記録を縮める子,やっとできるようになった息継ぎを駆使して何とかゴールに辿り着く子,一人ひとりに様々な表情のあった記録会でした。
 印象的だったのは,何度も止まりそうになりながら,大きな声援を背に受けて,ゴールをつかもうとして懸命に手を伸ばす子の姿でした。決して泳ぐのが得意な子ではないのですが,力を使い果たし,教員の手を借りてプールサイドに上がったその子は,照れたような満足気な笑顔を浮かべていました。
 目標に向かって,精一杯手を伸ばす。これこそ,正に「一生懸命」の姿です。

 子どもたちは間違いなく,友だちの応援のお蔭で普段以上の力を出しました。
 子どもたちは間違いなく,自分の力を出し切りました。

 素晴らしい。全員「はなまる」です。
 

ここで暮らすということ

 五月雨,霧雨,通り雨,驟雨,氷雨,小糠雨,春雨,夕立,天気雨,雷雨に小雨,時雨に村雨,狐の嫁入り,鬼洗い……
 日本には様々な雨の呼び方があります。私たちの祖先はこんなにも雨を受け入れ,あるいは愛し,美しく表現してきたのに,このたびの豪雨はあまりにも私たちに厳しい。
 似島もあちこちで道路が寸断され,畑や墓も流され,一時は電話・FAX・LANが不通となるなど,元の通りの姿を取り戻すにはかなりの時間がかかりそうです。

 被災地の町の電気屋さんが,店舗の土砂撤去もそっちのけで地域の家庭を回り,無償で電気点検・修理を行っている姿をテレビで拝見しました。店舗の原状回復は後回しなのですか,と記者が尋ねると,店主は次のような言葉で口にされました。
「うちの店はここで暮らしているのですから。」
 この言葉には,今,この町の人が困っているのであれば,それは他人事ではない,自分の店は,町の人々と一緒にこそあるのだ,という気概があります。この店主は,小さい頃からこの町で育ててもらった思いも強いようです。「町の電気屋」としてできることがあるなら,まずそれに精一杯取り組もうという思いを感じました。地に足の着いた,本物のプロフェッショナルです。

 「ボランティア」とは,「共に生きる」「共に歩む」という思いと行動なのだと改めて気づかされました。

見た目

 人は見た目ではない,中身が大切なんだ。
 よく言われる言葉です。先日の「星の王子さま」の件でも,「本当に大切なものは目には見えない。」という言葉を紹介しました。
 しかし,見た目は非常に大切です。社会人として一般的に信頼に足る見た目というものはあります。例えば,学校長が真っ赤なシャツやスーツで校長室にいることで,訪問者の第一印象として何を感じるでしょう。
 中学校3年生が職場体験に参ります。中学生に意識できて,社会人として身に付けてほしいこと,それはまず,見た目に信頼される振る舞い,格好ができる,ということです。
 服装,姿勢,挨拶。
 この三点に注目してまわりの大人を観察してほしい。真似るべきところを見つけて,真似てほしい。
 出発式ではそういう話をしました。

鰻屋職人の気概

 土用の丑の日が近づいてくると,近頃いつもニホンウナギの絶滅の話題がニュースになります。
 美味しい鰻が食べられなくなるのは辛いところですが,老舗鰻屋「野田岩」主人,金本兼次郎さんにとっては死活問題です。15歳から鰻を焼き始めて70年,奇跡の名人芸と言われ各界から絶賛される腕をもつ職人です。
 天然物の鰻が手に入りにくくなり,江戸時代から続く伝統ある店の味を守るために,天然物の鰻が入荷しないときは店を閉めるようになりました。しかし,天然物の鰻はどんどん入荷困難になり,とうとう養殖の鰻を出すのかどうかで苦悩する事になります。悩んだ末に彼が辿り着いたのは,「鰻がどうのこうのではなく,どのような鰻でもお客さんが満足して喜んで食べるような鰻を焼く工夫をする事が職人の仕事ではないか。」という姿勢でした。
 時代は変わり,店を取り巻く状況も環境も事情も変わる。しかし,変わらないのは,「美味しい鰻を食べたい」という客の思いと,「お客さんの喜ぶ顔が見たい」という職人の思いです。自分が学んできたときの材料が,道具が,環境が手に入らないと言って嘆くことは誰でもできます。鰻職人は鰻を美味しく焼くことで客を喜ばせることができる仕事をするもの。今日以上の鰻を焼く工夫を重ねるのが仕事です。
 教育も全く同じ。子どもは変わり,親は変わる。環境も変わります。しかし,「できるようになりたい」という子どもの思いと,「子どもの達成感に満ちた笑顔が見たい」という私たちの思いは不変の筈です。金本兼次郎さんは85歳にして未だ泥まみれになって前に進もうとしています。私たちにもまだまだできることが転がっています。

気もちのよい挨拶

 先日,静岡県で下校中の4年生が,18歳の男に突然切りつけられて重傷を負うという痛ましい事件が起きました。「誰でもよかった」という動機には大変やるせない思いです。
 このような通り魔や空き巣などの犯罪を防ぐ最も効果的な手立ては,やはり挨拶なのだそうです。日頃から明るく大きな声で互いが挨拶を交わすコミュニティを創ること,自分はこの社会の一員でなのだと自覚できるような環境を調えることが何よりの防犯につながります。犯罪を意識している後ろめたさや過敏な警戒心をもっている人間には,こうした社会参画意識が邪魔だそうです。何より,自分が周囲から意識されている,認識されていることを嫌がるからです。勿論,犯罪防止という受動的観点ではなく,互いを支え合い高め合う集団づくりという観点からも,挨拶を活動の柱に据えることは意義深いと思います。
 本校の子どもたちも朝からすっきりとした声が出せる,互いにとって気もちよい声かけができる人間に育てていきたいと思います。

輪廻転生

 仏教には輪廻転生(りんねてんせい)という概念があります。命のもと(霊魂のようなもの)は不滅で,生き方や業(ごう)によって,過去から未来へと六道(りくどう)を繰り返す,というものです。
 その中には,ミジンコなどの小動物,虫に生まれ変わることこそ業が軽いのだ,という考え方もあるようです。なぜなら生きることに精一杯で余計な苦しみ,悩みなどないから。人間に生まれるのが一番苦しいわけです。そうした悩みや苦しみの中から悟りを得ることができれば,輪廻転生から解脱して極楽浄土に行けるのです。
 これからの行く末が長い子どもたちには,輪廻転生だの極楽浄土だの言ってもぴんと来ないでしょう。今抱えている悩みや苦しみからすぐに解放されたいのですから,入滅のための世界観を語られても心穏やかにはなれないでしょう。
 家庭や学校で得られる彼らにとっての極楽とは何か。
そのひとつが「達成感」です。少し背伸びをしなければ手の届かない目標を立て,取組をして成し遂げる。取組を繰り返すたびに小さな「達成感」が生まれ,喜びを感じることができる。この経験を繰り返して,小さな努力を続けることの意義を心と身体に沁みこませる。それは,子どもたちにとって心の安寧につながる方法のひとつだと考えます。
 私たちがすべきことは,決して金銭や物品を与えることではなく,少し背伸びの必要な目標を日々設定し続けることです。

ひょっとしたら

 明後日はセネガル戦です。
 試合や情報で見る限り,前評判を覆して,セネガルはコロンビアより遙かに強そうですが,人間というのは現金なもので,ひょっとしたら,という淡い期待を抱いています。かなり多くの国民が,少しわくわくした気もちで過ごしているのではないでしょうか。
 考えてみると,ワールドカップにせよ,プロ野球ペナントレースにせよ,宝くじにせよ,「ひょっとしたら」という期待をもって待つ間が一番幸せなのかもしれません。期待を抱くということが,日々の生活の何よりの意欲喚起,モチベーションアップにつながることは間違いありません。自己実現・生涯学習は私たち自身の責任で全うすべきことですが,そのためには何らかの期待を持ち続けることができるような目標設定・環境設定が必要です。
 子どもたちの場合,彼らが自立するまでは,学習にせよ,生活にせよ,期待を持ち続けることができるような環境や仕組み,準備を工夫するのは私たちの仕事です。学校生活においては,系統的戦略を練って,学校経営,学級経営,学習経営に取り組まなければなりません。
 子どもたちの期待に溢れる環境を調えましょう。

啄木鳥の舌

 「啐啄同時」(そったくどうじ)の話をしたので,ついでに啄木鳥(きつつき)の話を少々。
 名前を知らない人はいない鳥です。
 啄木鳥が木を叩くことをドラミングというそうですが,餌をとる以外に縄張りを主張する音でもあるようです。彼らの餌は蟻。食べるのには長い舌を使います。カメレオンなどと同様,舌を伸ばして捕食するのですが,その舌は頭蓋骨の回りに巻き取られるようになっていて,木を突くときの衝撃から脳を守る働きもしています。実によくできた構造です。啄木鳥という種を残すため,環境に適応するために,より適した特徴をもった個体が生き残り,長い年月の間に進化を続けたのでしょう。
 人間は力を合わせる,思いやるという社会性を磨き続けていますが,より豊かに,よりよく生きるためには自分だけのストロングポイントを磨くことも大切です。私たち教職員も勿論ですが,子どもたちにも「あれこれ」でなく,何かひとつストロングポイントと呼べる力をつけていきたいですね。


UFOの日

 6月24日は「UFOの日」なのだそうです。アメリカ人実業家 ケネス・アーノルドが初めて未確認飛行物体を目撃・報告し,「空飛ぶ円盤」と呼んだことに因みます。
 不思議なもので,アメリカ人は必ず一生に一度はUFOに連れ去られたり,その夢を見たりするそうです。私たち日本人は夢や臨死体験で,三途の川の前に立ったり,死んだおじいちゃんに追い返されたり,という話をよく聞きます。欧米人は絶対しない経験でしょう。逆に,私たちはUFOに連れ去られる夢はほとんど見ません。
 これは,文化・習俗や信仰,生活環境の違いによるもので,日頃どういう教育を受け,どういう価値観の下で育っているかが大きく影響しています。当たり前のことですが,観念や感覚といったものは日頃の意識を下敷きにして身についていきます。
 外国の中には,アイスクリームやチョコレート,ポテトチップスなどを食事のひとつとしてとらえているところがあるようですし,清掃活動を子どもにさせるのは,児童労働,虐待だと考えているところもあるようです。善し悪しと言うより,価値観の違いです。
 日本で行われている教育の中で,価値があるとされているものは,生活や文化のどこにどのように根ざしているのか,日頃から意識し,理解しておかなければなりません。その上で,それらの教育的行為の価値をつかみ,どのように生かすのかについて戦略的に考える必要があります。

掌返し

 「掌返し」という言葉が聞かれます。
 サッカー日本代表の西野監督に対して,です。戦前はさんざん酷評したメディアやネットが,決勝トーナメント進出が見えてきた現在いきなり数々の美談を放り込んでくる。「西野さんごめんなさい」現象だそうです。
 大会直前の試合で連敗したとき,「順調に仕上がっている」「問題はない」「着実にステップアップしている」という西野監督のコメントに対し,「危機感がない」「この監督では勝てない」と選手選考も含めて大バッシングが起きました。しかし,予選リーグで強豪相手に予想外の1勝1分けと大善戦すると,今度は「あの連敗には理由があった」という記事が踊っています。さすがに噴飯物ですが,少なからず私もその一味です。
 私の軽薄で甘い認識を恥じるべきなのですが,それもこれも結果が出たからです。成果が上がらなければ,以前にも増して批判の嵐が吹き荒れているでしょう。考えてみれば,世界のフットボールの最前線で戦う国の代表監督です。私たちが抱いている危機感なぞ当然理解し,分析した上で,結果を出すため,成果を上げるための最善の取組をしていたはずで,とんだ釈迦に説法でした。
 現状を分析し,目標を設定して,戦略的・計画的に行動する。勿論,成果を得るために,彼らは常人には想像できないような努力もしているのでしょう。この構造は授業づくり,教育環境づくりに必要な手立てと全く同一です。
 学ぶことの多いワールドカップです。

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広島市立似島学園小・中学校
住所:広島県広島市南区似島町長谷1487
TEL:082-259-2311