最新更新日:2024/09/26 | |
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PTA清掃、ありがとうございました!おかげさまで側溝の中がとてもきれいになりました。また運動場周辺の雑草もたくさん取っていただきとてもきれいになりました。 夏休み明け、また子ども達が気持ちよく運動場を使うことができます。小学校はみなさんによって支えられています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。 学校閉庁日について
〇 一斉閉庁日
令和5年8月14日(月)〜16日(水) ※8月9日(水)は本来の8月6日の振替、8月10日(木)は日曜日の振替です。 ※8月17日(木)、18日(金)は、本校の独自閉庁日です。 一斉閉庁日に緊急に学校へ連絡する必要が生じた場合は、広島市教育委員会事務局総務部総務課へ御連絡ください。 【緊急時の連絡先】 広島市教育委員会事務局総務部総務課 電話:082-504-2463 ご理解とご協力のほど、よろしくお願いいたします。 平和集会での校長先生のお話
今から78年前の今日、
1945年8月6日8:15 広島に一発の原子爆弾が落とされました。その原子爆弾から 暑くて強い光が出ました。たくさんの人がやけどをしました。ものすごく強い風(爆風)も吹きました。家や人も吹き飛ばされ、たくさんの人々がひどいけがをしました。 広島の町中は、火事になりました。たくさんの人々が死んでしまいました。なんとか助かった人々も、心や身体に大きな傷を負いました。それでも懸命に息抜き 私達へ命を繋いでくださいました。そのおかげで 今の私たちがいます。 戦争が終わった後、二度と悲しい戦争を繰り返さないために原子爆弾が落とされた後ヒロシマの町や人がどうなってしまったのかを伝えるために(忘れない)ために広島平和資料館がつくられました。 その資料館の中には、当時3歳だったしんちゃんの3輪車 中学生だったしげるさんの真っ黒に焦げたお弁当箱 8時15分で止まったままの散髪屋さんをされていた 浜井さんの壁掛け時計 2歳で被爆した佐々木禎子さんがおった折り鶴が私たちに平和の大切さを伝え続けてくれています。 佐々木禎子さんは、12歳のとき突然大きな病気が見つかり入院しました。「早く元気になりたい」という願いを込めて折り鶴を折りました。しかし禎子さんの願いは叶わず12歳という短い生涯を終えました。禎子さんが亡くなったことをきっかけに「原子爆弾で亡くなった子供たちの霊を慰め平和を築くための像をつくろう」という運動が始まり、1958年に大空に折り鶴を掲げた佐々木禎子さんをモデルにした「原爆の子の像」がつくられました。 しかし全人類の願いであるはずの「平和な世界」は、残念ながらまだ実現できていません。 平和学習で皆さんに中本実鈴先生は教えてくださいました。「平和は与えられるものではなく私たちがつくっていくものであること」そして「平和の反対は無関心である」ことを 平和で安心安全に暮らしていける世界をつくるのは、平和のバトンを受け取ったみなさんです。 先ほどの子ども代表の2人が全世界に「平和の誓いを」訴えてくれました。 一人一人が「平和」とは何かを考え、身近にある平和を繋いでいくこと。 これからも、平和を繋ぐために自分ができることを見つけていってください。誰もが平和だと思える未来を創っていくために これでお話を終わります 平和学習(登校日)テレビ視聴の後は、校内放送で平和集会に取り組みました。まず校長先生から平和についてのお話がありました。そのあと児童会の人たちが、慰霊祭の報告をしたり、平和についての発表をしたりしました。 「平和への誓い」の言葉にあった「自分の思いを伝える前に、相手の気持ちを考えること」「友だちのよいところを見つけること」「みんなの笑顔のために自分の力を使うこと」を心がけていってほしいです。 2棟の外壁改修工事校舎内の点検作業 |
広島市立五日市観音小学校
住所:広島県広島市佐伯区三宅四丁目10-1 TEL:082-921-2261 |