最新更新日:2024/04/26
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子どもに自己実現力を

御用納め

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 平成30年度が幕を下ろそうとしています。新年を迎える準備もできました。
 日本でかつて用いられていた数え年の習慣では,元日に皆がひとつ歳を重ね,無事に新年を迎えることができたことを祝っていました。
 今年もまた新年を迎えることができる。
 若い頃には当たり前のことで,特に何の想いもなかったのですが,一年が過ぎるのが早く感じられるようになるごとに,無事に一年が終わることの有難さが身にしみるようになってきました。
 何歳であろうと,老若に関係なく,時の過ぎる早さは変わりません。時間を大切にする生き方,以前にも触れた「一期一会」の心構えは,できるだけ早いうちに身に付けることができるに越したことはないと思います。
 子どもたちの過ごす学校生活が,より価値ある時間になるような教育実践を目指し,来年も一層励みたいと思います。

子走(しはす)

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 「師走」
 語源には諸説ありますが,年の暮れの忙しさに僧侶・神職・教員などの「師」が「馳す(はす)」,つまり走るという意味です。
 本校も明日の三連休から実質的な冬季休業となります。子どもたちは集会で生徒指導主事の諸注意を姿勢良く聞いていました。このあたりにも先日の学習成果発表会までに身に付いた力が垣間見えました。

 先日も紹介したように,子どもたちの駅伝大会への練習が熱を帯びてきています。正に「子走」です。昨今は指導者主導のスパルタ式指導法に批判が集まり,子どもたちの主体性を大切にした指導のあり方が模索されています。体育的な技能だけでなく,学校教育で行われる学びのあらゆる面で,子どもの力の引き出し方には意欲付けや達成感を生み出す指導・支援の仕組みが必要とされています。とは言え,自分の限界から一歩踏み出すには,強制力や切迫感が大きな役割を果たすことは明らかです。それを自分の中から生み出すことができるようにするのか,外的圧力に頼る人間として育てるのか,それが問われているのでしょう。
 子どもたちの発達段階や実態に応じ,それぞれの主体性を引き出す指導・支援は容易に設定できるものではありません。しかし,科学技術,医療技術,各種運動競技のタイムや成績,技能など,人間は様々な面で進歩・進化を続けています。教育技術においても一層の進歩が求められるのは当然のことです。
 子どもたちが自分の足で主体的に走る「子走」を目指して,来年度も教職員一同ますます研鑽・努力を重ねていきたいと思います。

大掃除の意義

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 昨日は大掃除の日でした。
 多少賑やかな声はしていましたが,掃除道具を手に一生懸命自分の仕事に取り組む姿は,決して先日の学習成果発表会の成果と無縁ではないと思います。
 それにしても大掃除に取り組む意義とは何でしょうか。子どもたちにどのように説明すればよいのでしょうか。
 当たり前のことですが,塵や埃,ごみなどを取り除き,不要な物は廃棄する,必要な物は整理・整頓することで環境を物理的に整えることが挙げられます。誰しも美しく整った環境で過ごしたいのですから。そういった意味では清掃活動には限りがありません。どれだけやっても,塵や埃,ごみひとつ落ちていない,完全に美しく整った環境をつくることは不可能です。
 では,何のために清掃活動を行うのか。どこで折り合えばよいのか。
 ひとつの答えは「心がすっきりする」ためだと思います。そこにある道具や自分自身の能力を駆使して,みんなや自分が決めたイメージを実現するために,設定した時間集中して一生懸命清掃活動に取り組む。そうして過ごした時間はきっと清々しく,気もちのよいものでしょう。「心がすっきり」する瞬間なのはないでしょうか。勿論,身体にも心地よい疲れが感じられるはずです。私たちが年末に大掃除をするのは,「心がすっきり」した状態で新年を気もちよく迎えたいからだと思います。自分の心身を満足させ,達成感を味わう取り組み。そういう自分と向き合う仕事。それが大掃除なのだと考えています。手を抜いてサボっていたのでは,このすっきり感は生まれないでしょう。
「掃除とは心がすっきりすることと見つけたり。」
 だから私は簡単に「掃除終わったよ。」という子どもには,必ずこう問うてみることにしています。
「君の心はすっきりしましたか。」

第31回学習成果発表会

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 16日に第31回学習成果発表会を行いました。
 ご来賓の方々,地域や保護者の皆様など多数の参観者においでいただき,子どもたちは張り切って,精一杯の歌や合奏,和太鼓を披露することができました。ご参観くださった皆様,寒い中誠にありがとうございました。
 今回の行事で子どもたちの成長を感じたのは,歌や合奏,和太鼓の表現活動だけではなく,鑑賞する姿勢や入退場での姿勢・態度です。歩き方や足音に気をつけることができるようになった小学生が増えたこと,登壇する際に横の列を意識し,友だちの動きを観察しながらタイミングを揃えようとしていた中学生,出演前の整然とした待ち方・並び方など,沢山の気づきを挙げることができます。練習を重ね,発表会を迎えて子どもたちの意識が高まったことが見てとれました。
 発表会などの表現活動は,発表者の表現の質が高ければよいものになるわけではありません。表現の質に加え,発表者・参観者の姿勢や態度,鑑賞の質など,会場が一体となり素晴らしい雰囲気を創り上げてこそ,です。
 これは普段の授業や生活など学校の学びの場にも同じことが言えます。運動会や学習成果発表会でできたこと,確かめたことを日頃の学びの場にフィードバックし,更に磨いていくよう指導・支援を行いたいと思います。

一期一会

 この言葉は近年,子どもたちの間でも人気で,ノートの表紙や下敷き,クリアファイルのデザインに頻繁に用いられています。「出会いを大切に」という意味でとらえられ,友だちとの友情を描いたイラストなどが添えられることが多いようです。茶道の心得として千利休が述べたと言われていることは衆知でしょうが,本来の意味は少し違うことはあまり知られていないように思います。
 一期一会とは,茶会などの場において,これが生涯一度の,あるいは最後の出会い,ひとときだという覚悟で,主客共に誠意を尽くす心構えを言います。つまり,今のこのひとときは一生で一度の機会だという思いをもって相手に接し,精一杯物事を成し遂げましょう,という教えです。
 子どもたちにとって,今日の授業は生涯に一度限りです。例えば,「ごんぎつね」の第一次第1時は二度とやってきません。私たちはその責任と覚悟を背負って授業の準備をしているか,子どもたちと向き合っているか,常に自分に問い続けることが求められています。同時に,一期一会の姿勢で授業に臨む子ども,学級を育てていく必要もあると思います。

余裕をもつ

 中学3年生の願書提出を間近に控え,いよいよ本格的な受験シーズンを迎えます。日々の積み重ねがものを言う学力ですが,それでも最後の一瞬まで力の限りを尽くすことは,スポーツであれ受験であれ,とても大切なことです。
 人間は横着ですから,少なくとも私などはギリギリ必要最低限の努力で最大の効果や成果が手に入らないものか,と夢のようなことばかり考えていました。
「無駄な努力はしたくない。」

 無駄な努力など,この世にはありません。力いっぱい取り組んだことは,必ず自分の身につき,力になっています。例え遠回りに見えても。だからこそ,「余裕をもって行動をしましょう。」と言われます。
 余裕をもつというのは,受動的な言い方をすると,必要最低限になること,ギリギリで行動することを避けるということです。常に必要最低限,ギリギリで行動したり,取組をしたりしていると,イレギュラーに対応できず,失敗やエラーの恐れが大きくなります。うまくいけば成功する,例えば,晴れていれば洗濯できる,交通状況が良ければ間に合う,合格のギリギリラインを狙うなど,不確定要素の大きな条件に頼って行動すると,失敗するリスクが限りなく大きくなるのです。きっと,洗濯が間に合わなかったり,遅刻したり,受験に失敗したりするのでしょう。
 余裕をもつ = ある程度想定できる事態に備える。
 決して特別なことではありません。特殊な能力でもありません。一つひとつの取組のゴールを設定し,見通しをもち,具体的な活動をイメージする。授業設計と同じです。
 子どもたちは1月の駅伝大会に向け,体育科の時間に練習を始めました。ゴールの瞬間,「力いっぱい走りきった!」と言えるように,地道な取組を重ねていってほしいと思います。

 当たり前の話でした。


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