最新更新日:2024/05/13
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本校は、校訓「やさしく つよく まじめに」のもと、「心豊かでたくましく、平和を求める子どもの育成」を基調とする教育活動を推進しています。明治6年(1873年)に創立した歴史と伝統のある学校です。卒業生には、児童文学史に燦然と輝く鈴木三重吉氏がいます。

天までとどけ! 1,2,3!

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 運動場から,可愛いくて元気な声が聞こえてきます。
「天までとどけ!1,2,3!」
「もっと高く!もっと高く!」
「天までとどけ!1,2,3!」

 国語科の教材文「くじらぐも」の中の台詞であることに気付き,運動場に出てみると,1年生の子どもたちが輪になって手をつなぎ,「1,2,3」の掛け声に合わせてジャンプしていました。1年生は,「くじらぐも」のお話が大好きです。今日は,くじらの形をした雲を見つけたので,みんなで,お話と同じように,ジャンプをするために,外に出たのだそうです。子どもたちは,何度も何度も台詞を繰り返し,楽しそうにジャンプしていました。

 その光景の微笑ましいこと。この子どもたちにとって,「くじらぐも」のお話も,今日の経験も忘れられないものとなるでしょう。国語科の教材文と子どもたちとの出会いを大切にする担任に感謝しました。

学校協力者会議

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 9月25日(金)夕刻より,学校協力者会議のため,委員の皆様にお集まりいただきました。
 例年であれば,授業の様子を参観していただくのですが,今年度は,感染症防止対策のため,写真にて学校の様子をお伝えしました。4月の入学式の様子,臨時休業中のこと,学校再開後の教職員の取組み,子どもたちの様子など,約半年の様子を委員の皆様と一緒に写真を見ながら振り返りました。そして,今後も,「日常生活の細やかなことを大切に子どもたちに指導していくこと」,「子どもたちの命を守るために,引き続き感染症防止対策を徹底すること」,さらに,「制限の多い学校生活の中,『できない』という発想ではなく,『工夫して充実できること』を見つけ出していくこと」などの思いをお伝えしました。
 委員の皆様には,それぞれのお立場からの報告や学校教育への思いをお聞かせいただきました。いつも温かく本川小学校を支えていただいていることに,心より感謝しております。

平和学習

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 本校は,爆心地に最も近く,8月6日の原爆投下により,約400名もの子どもたちの尊い命が奪われました。また,翌日からは,臨時救護所となり,運動場では,多くの遺体が火葬されました。こうした悲しい歴史をもつ本川小学校は,被爆の実相を広く伝えるため,被爆校舎の一部を平和資料館として保存しています。物言わぬ被爆校舎,そして,展示している遺品や写真から,当時の悲しみや苦しみが伝わってきます。

 今日は,平和資料館へ宇品小学校の5年生の皆さんをお迎えしました。1枚目の写真は,本校児童によるお迎え看板です。宇品小学校の皆さんには,折り鶴をいただきました。ありがとうございました。本日の見学をもとに,平和の大切さと命の尊さを学ばれることを願っています。

 

いのちの歌

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 3年生の教室に行くと,担任と一緒に子どもたちが「いのちの歌」を歌っていました。歌詞の内容と子どもたちのあどけない声が相まって,心に染み,不覚にも涙がこぼれました。子どもたちが歌い終わったとき,思わず拍手をしました。
 教室を行くと,感動があります。

大切に

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 私は,趣のある本川小学校の校舎が大好きです。お客様から,
「昔の小学校のようですね。何だか懐かしい感じがします。」
とよく言われます。
 校長室や職員室のあるこの管理校舎は,昭和29年に建てられたものです。写真のように,廊下は,いつもぴかぴかです。6年生の子どもたちが,いつもきれいに掃除してくれています。古い校舎ですが,丁寧に掃除し,大切に使うと,校舎がそれに応えてくれるように思います。いつも温かみのある雰囲気で,子どもたちや教職員を迎えてくれます。

爽やかな秋

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 朝の空気に,爽やかな秋の訪れを感じるようになりました。朝お会いした地域の方とも,
「随分涼しくなりましたね。」
とご挨拶しました。

 今朝も地域の方々が通学路のポイントに立ち,子どもたちの登校を見守ってくださいました。いつもありがとうございます。大事にしていただいて,子どもたちは本当に幸せです。

安全に登校

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 今朝,通学路を歩き,子どもたちの登校の様子を見守りました。そのとき,子どもたちが約束を守って安全に登校している様子を見て,嬉しく思いました。
 実は,夏休み明けの学校朝会で,写真を示し,
「歩道にある自転車の通行区分を歩くと危険です。自転車の通行区分に入り込まないように気を付けましょう。」
と呼び掛けていました。朝夕は,通行する自転車も多く,自転車と歩行者が同じ歩道を利用するため,十分に注意する必要があります。地域の方も,子どもたちの様子を気に掛けてくださり,時折,声掛けをしてくださっていました。
 今朝,子どもたちは,自転車の通行区分に入り込むことなく歩いていました。給食時間には,放送で,歩道の歩き方のよかった点を伝え,
「これからも,安全に気を付けて登下校しましょう。」
と話しました。
 

担任

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 3年生が校長室の裏にある平和の森で理科の学習をしています。「こん虫の世界」の単元で,虫取り網や虫かごを手に,身近な昆虫を探しているのです。
「ああ,おった。おった。先生,トンボがいたよ。」
「ねえ,先生,来てください。早く。早く。ヤゴを見付けました。」
「わあ,先生,チョウが逃げました。」
 子どもたちは,新しい発見がある度,喜々としてに担任に伝えようとします。

「先生!」「先生!」
と言う子どもたちの声の響き。
「いいなあ。」
と担任を羨ましく思います。そして,そんな担任と子どもたちの姿を微笑ましく嬉しい気持ちで校長室から眺めています。

学校朝会

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 朝,通学路を歩き,子どもたちの登校の様子を見守りました。久し振りに出会う子どもたちは,礼儀正しく
「おはようございます。」
と挨拶をすることができていました。夏休み前と変わらない気持ちよい挨拶を嬉しく思いました。

 朝会では,次のような話をしました。
【校長の話】
 今日から学校生活がスタートします。気持ちを切り替えて,生活していきましょう。夏休みに入る前に,どんな小さなことでもよいので,毎日続けることを決めて,丁寧に積み重ねてくださいというお話をしました。夏休みの間,どうでしたか?今日からも,毎日続けることを決めてみましょう。 
 「継続は力なり」ということわざがあります。このことわざの意味は,「小さなことでも続けていればいつかは大きな力になる。何事も途中で辞めずに毎日こつこつと努力をすることが大切」ということです。私も毎日続けることを決めました。私は,毎日本を読んで,本の内容や文章から,言葉の勉強をします。そして,物事をもっと深く考えたり,上手に話したりできるようになりたいと思います。皆さんも毎日続けることが決まったら,私に教えてくださいね。

 さて,今日は,昔,本川小学校の先生だった尾形静子先生について紹介します。尾形静子先生は,75年前,本川小学校の隣の学校,広瀬小学校に務めておられ,そこで被爆されました。そのとき,とても辛くて,苦しく,そして悲しい経験をされました。尾形先生ご自身も顔にやけどを負い,また周りの多くの人が傷付き亡くなっていくのを見たそうです。このときの経験を被爆体験記に書かれていました。原稿用紙27枚もの長い体験記です。この体験記を本川小学校にいただくことになったのです。尾形先生は,被爆された次の年から本川小学校の先生になられました。やけどを負った顔を鏡に映して,涙を流し,死んでしまいたいと思うこともあったそうです。でも,本川小学校の子どもたちといると,その苦しみを忘れ,幸せだと感じたそうです。そして,最後には,子どもたちにこの戦争の苦しい体験をさせてはならないと書いておられます。尾形先生は,既に亡くなられていますが,尾形先生の思いは,この作文の中でずっと生き続けていきます。戦争の悲惨さや平和の大切さを勉強している本川小学校のみんなで,この体験記を大切にしていきたいと思います。
 
 尾形先生から学ぶことの一つに「命の大切さ」があります。皆さんにも,自分の命を大切にしてほしいと思います。今日はもう一つことわざを紹介します。「命に過ぎたる宝なし」これは,「命より大切な宝はない」ということです。自分の命を大切にするために引き続いて感染症や熱中症を予防していきましょう。

被爆体験記

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 昭和21年から昭和26年に,本校の教員として勤務された尾形靜子先生の被爆体験記の原稿をお預かりしました。原稿用紙27枚にも及ぶ大作です。尾形先生は,本校の隣の広瀬国民学校で被爆されました。体験記には,被爆の様子が具体的に書かれており,その文字や言葉から,尾形先生の思いがひしひしと伝わってきます。初めて読ませていただいたとき,胸が一杯になりました。

 本日,この被爆体験記にかかわる皆様にお集まりいただき,今後,この体験記をどのように活用していくか話し合いました。体験記を後世につないでいきたいという思いを共有することができました。これまで点であったそれぞれの思いがつながって,線になったように思います。

 この様子をテレビ局や新聞社の方々が取材されました。この後のニュースや明日の新聞等で報道されることと思います。

8月6日 誓い

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 8月6日を迎えました。
 謹んで原爆の犠牲となられた御霊のご冥福をお祈り申し上げます。
 本川小学校は,原爆投下地点から最も近い学校として,これからも平和学習を大切に積み上げ,平和の大切さを発信してまいります。

 写真は,今朝の本川地区原爆慰霊碑の様子です。この慰霊碑は,本川小学校平和資料館の前にあります。平成7年(1995年)に,本川地区原爆死没者慰霊碑建立委員会によって建立されたものです。碑には「あまねくとどけ 平和の祈り」と刻んであります。慰霊碑の横に説明版がありますが,この台座には,本川小学校校庭の被爆石が使用されています。

 本川小学校に赴任して以来,毎年8月6日8時15分に,この慰霊碑の前に立ち,黙祷を捧げ,本川小学校及び本川地区で犠牲となられた全ての皆様のご冥福をお祈りするとともに,平和教育への誓いを新たにしています。

8月5日 本川地区原爆死没者慰霊祭 追悼の辞

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 広島市の花である夾竹桃が,原爆ドームに面した本校の東側で静かに花の盛りを迎えています。原爆投下後,75年は草木も生えないといわれた広島に咲き,人々に復興への希望と勇気を与えた夾竹桃。ちょうど75年の節目に当たる今年の開花は,まるで感染症拡大による未曾有の事態に直面している私たちを励ましてくれているかのようです。

 緊急事態宣言を受けた学校の臨時休業,新しい生活様式に基づいた学校再開,夏季休業日の短縮等,今,学校は非常の事態に迫られています。先の見えない局面に接するとき,本校の昭和20年当時に思いを致します。8月6日,約400人もの子どもたちとともに無念の死を遂げられた当時の川崎政信校長先生を想い,校長室の写真を見上げています。川崎校長先生は,今こそ,当たり前の日常の有難さを,命の尊さを子どもたちに伝えるようにと,私に平和のバトンをつないでくださっているように思えてなりません。

 今年,本校の平和資料館には、多くの方のご尽力により,原爆投下の際、本校の児童で唯一生き残った居森清子さんのパネルが設置されました。6年生がこのパネルを見た後,次のような文章を書いています。
「私たちは,今までに,この本川小学校で,どこよりも平和ついてたくさんのお話を聞かせていただきました。戦争を『昔のこと』で終わらせるのではなく,私たちが実際に被爆された方々の思いを未来へつないでいかなくてはならないと思いました。」
また,別の子どもは,
「学習を通して,爆心地から一番近い学校の最高学年だということの責任を感じました。被爆者の思いを知り,『もし自分だったら』と寄り添い,平和学習に取り組んでいきたいです。」
と書いています。子どもたちも,居森清子さんから平和のバトンを確実に受け継ぎ,次につないでいこうとしています。その姿からは,広島の花,夾竹桃と同じように未来への希望を感じることができます。

 本川小学校は,今後も新しい時代を担っていく子どもたちに,平和な世界を築いていくための行動力を培い,周りの人々を大切にする心を育むことを教育の基盤としてまいります。本日は感染予防のため,子どもたちの参列は叶いませんでしたが,この後,平和への願いを込めた子どもたちの折り鶴を献納し,鎮魂の祈りを捧げます。

 結びに,原爆の犠牲となられた数多くの御霊が安らかなることを心からお祈り申し上げます。また,昨今の状況下にありながら,感染症対策に最大限配慮した上で,慰霊祭を挙行されました本川地区社会福祉協議会,原爆死没者慰霊祭実行委員会の皆様に心より敬意と感謝を表します。今後も地域の皆様と手を携え,平和教育の充実とその発信のため,不断の努力を重ねることをお誓いし,追悼の辞とさせていただきます。

 令和2年8月5日  
 広島市立本川小学校長 岡田 由佳    



平和のつどい

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 今日,本校では「平和のつどい」を行っています。
 まず,原爆ドームに向かい,黙祷を捧げました。そして,私から,子どもたちに校内放送にて次のような話をしました。
【校長の話】
 昨日の朝,私は,本川小学校の平和資料館の窓から外を眺めました。窓からはまぶしく光る夏の空と登校してきた皆さんの姿が見えました。そして,路面電車のガタゴトという音と一緒に賑やかな蝉の鳴き声が聞こえてきました。そのとき思いました。75年前の8月6日8時15分までは,きっとこの窓の外に同じような日常の光景が広がっていただろうと。
 昭和20年8月6日8時15分,本川小学校からわずか350mしか離れていない場所で原子爆弾がさく裂しました。そのとき,校舎は鉄筋の部分だけを残し全部焼けてしまいました。そして約400名の子どもたちの大切な命が一瞬のうちに奪われました。今,本川小学校に通う皆さんとほぼ同じ人数です。多くの子どもたちが,炎と熱で地獄のようになった状況の中で,全身に大けがや大やけどを負い,家族を恋しがり,泣き叫びながら,死んでいったことを想像すると,とても悲しく,胸が張り裂ける思いがします。

 6年生が平和学習のとき,次のような文章を書きました。
「私たちは,今までに,この本川小学校という場所で,どこよりも平和ついてたくさんのお話を聞かせていただきました。実際に戦争にあったわけではないけど,戦争を『昔のこと』で終わらせるのではなく,私たちが実際に被爆された方々の思いを知り,もし自分だったらと寄り添い,その思いを考え,未来へつないでいかなくてはならないと思いました。」
と。
 この後,皆さんは「夏服の少女たち」というビデオを見ますが,6年生の文章にもあるように,どうか「もし自分だったら」と考えながら見てほしいと思います。そして,今の自分に何ができるかをしっかりと考えてほしいと思います。

 夕方には,本川小学校で,原爆投下の犠牲となられた方々の魂を慰める慰霊祭が行われます。皆さんの住む本川の地域は,今日,平和への祈りの1日となります。皆さんも戦争と平和についてしっかり考えていきましょう。明日は平和記念日で,本川小学校はお休みです。平和記念式典の様子をテレビで見たり,家族の人と戦争や平和について話し合ったりして,8月6日を大切に過ごしましょう。
 

被爆校舎から

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 朝,本校の被爆校舎である平和資料館のアーチ型の窓を開け,外の空気を入れました。眩しく光る空。路面電車の音と一緒に聞こえてくる賑やかな蝉しぐれ。そして,登校してきた子どもたちの元気な声。
 きっと,あの日の朝8時15分までは,今日と同じような光景がこの窓の外に広がっていたことでしょう。

 ヒロシマはもうすぐ8月6日を迎えます。

おおきなかぶ

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 1年生の教室では,国語科の授業で,担任が教材文「おおきなかぶ」の範読をしていました。教室は静まり返っていて,担任の優しく温かく語り掛けるような範読の声が響いています。

 子どもたちの表情を見ると,「おおきなかぶ」の物語の世界にぐいぐいと引き込まれていることが分かります。きっと頭の中に,その子どもなりの想像が広がっていることでしょう。こんなふうに,国語科の授業で,初めての物語文に出会うときの子どもたちの表情を見ると,わくわくしてきます。

 「うんとこしょ,どっこいしょ」
 みんなで大きなかぶを引っぱる場面になると,教科書から顔を上げてにっこり笑って私を見る子どもがいました。この瞬間,物語の世界を共有することができた気がして嬉しくなりました。

3年生 平和学習

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 3年生の平和学習のテーマは,「本川小学校の被爆の実相を知ろう」です。その一つに,「本川小学校平和資料館について調べる」という学習があります。

 今日,本校の平和資料館に行くと,3年生の子どもたちの姿がありました。地下室では,原子爆弾によって広島の街がどのようになったのかについて知るために,展示してあるパノラマをじっくり見ていました。分かったことや見つけたことを友達や担任に伝えていました。また,1階の展示室では,新設された居森清子さんのパネルを中心に,写真や溶けたガラスを丁寧に見て回っていました。

 これまでに,プリントなどを使って学習を深めてきていたので,子どもたちは平和への意識をもって見学することができていました。子どもたちの関心の高さは,今日の表情に表れていました。

 この授業の後,担任が私に話した言葉が心に残りました。
「やはり,本物の力はすごいと思いました。」

 本校の平和資料館という本物が子どもたちに訴える力,その力を心で感じ取る子どもたち。そして,そんな子どもたちの様子を見て,本川小学校平和資料館の価値や役割を改めて実感する担任。本校の平和学習の意義を深く実感することができる授業でした。

セミ

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「校長先生,セミがいます。」
 男の子が小声でそっと教えてくれました。まるで,秘密の宝物を見せてくれるかのようでした。セミは,中庭の夏ミカンの木に止まっていました。

 本川小学校には,いろいろな昆虫と出会うことができる場所がたくさんあります。こうした場所で目を輝かせ昆虫を探している子どもたちを見ると,何だか嬉しくなります。自分の懐かしい子ども時代を思い出します。昆虫を眺めたり,触ったりする経験は,机上だけでは味わうことのできない貴重な学習となります。

立腰

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 朝会の後,教室に行くと,立腰を意識して座っている子どもの姿に出会うことができました。月曜日,雨のスタートとなり,子どもたちの気分も晴れないことと思いますが,腰骨を立てて座ると,気分が引き締まります。本人にもやる気が起きていることと思います。そして,本人だけでなく,見ているこちらまですっきりとした気分になります。

つなぐ

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 6年生の平和学習の様子を見ました。指導者の熱意が子どもたちをぐいぐいと惹き付け,見ている私も胸が熱くなる授業でした。

 本校では,6年間系統的に平和学習を積み重ね,最高学年では,世界に向けて平和の大切さを発信することとしています。今日の授業は,平和の大切さを訴える人々の思いをつないでいくために,自分たちにできることに気付かせる内容でした。


 2枚目の写真は,本校に展示してある原広司さんの原爆ドームの絵を見て,子どもたちが思考している場面です。
「原広司さんの絵が,明るい色をしているのはなぜだろう。」
「原広司さんは,なぜこの絵を本川小学校に持ってきてくださったのだろう。」
 子どもたちは,絵を眺めて原さんの思いを想像しました。こうして,子どもたちが一生懸命考えている場面を見ると,原さんの思いを子どもたちは確かに受けとめていることが分かりました。

 3枚目の写真は,資料館の中にある居森清子さんのパネルを見ている場面です。子どもたちはこれから居森清子さんの思いも探っていきます。

 「思いをつなぐ」
 きっと,6年生は,これまでの平和学習の集大成として,これから深い学びを重ねていくことと思います。


朝会の話

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 朝会のとき,子どもたちに居森清子さんのパネルを紹介しました。以下,その話です。
【朝会の話】
 学校朝会では,「言葉」をテーマにして話をしています。7月の言葉は「つながる」です。「つながる」とは,離れていたものが一つになる,結びつくという意味があります。本川小学校では,平和の取組みを通して,様々な人とつながることができます。今日は,最近,私がつながりを感じたことを話します。

 本川小学校の平和資料館に居森清子さんのコーナーができました。居森清子さんは,昭和20年8月6日,広島市に原爆が投下されたとき,本川小学校で被爆されました。このとき,約400人もの子どもたちが亡くなってしまいました。居森さんは,本校でたった一人生き残った子どもでした。

 居森さんのパネルが設置されるまでに多くの人がかかわってくださいました。元広島平和記念資料館長の原田さんは,何度も校長室に来られ,
「本川小学校平和資料館をより充実させるために,何かできることはないですか。」
と言ってくださいました。本川小学校の平和資料館を何よりも大切に考えてくださいました。原田さんとお話するうちに,
「本校の平和資料館は,昭和20年8月6日で時が止まってしまったのではない。平和資料館は,世界に向けて果たしている役割と責任がある。つまり,この資料館は生き続けているのだ。」
と思うようになりました。そして,原田さんは,広島平和記念資料館と本川小学校をつないでくださいました。
 その後,平和記念資料館副館長の加藤さんをはじめ,多くの方々が集まり,本川小学校平和資料館について話し合ってくださいました。ここで,加藤さんが
「本川小学校にこそ,居森さんのことを知らせるパネルをつくるべきだ。」
と言われました。本校のボランティアガイドを務めてくださっている渡部さんは,平和資料館を訪れた中学生に,居森さんの被爆体験を語ってくださいました。このときの中学生の感想文を加藤さんが読まれ,感動されたそうです。
 学芸課の土肥さんは,居森さんのご自宅に行き,詳しいことを確認し,パネルの説明文を完成させてくださいました。
 地域の方々は,分からないことをご相談すると,すぐに調べ,お返事をくださいました。
 パネルは,このように,多くの方々のつながりの中でできたものです。このパネルは,多くの方々の願いや想いが込められているのです。完成したパネルは,あの日,居森さんにどのようなことが起きたのか,その後,居森さんは,何を思い,何を願い生きてこられたのかを想像しながら見ていくことができます。そして,被爆当時の状況をそのまま残した平和資料館の内部とともに,平和の大切さを強く訴える力をもっています。

 皆さんも資料館の中に入ることがあれば,是非パネルを見てほしいと思います。次は皆さんが,このパネルを基に,居森さんの体験を知り,居森さんの願いを多くの人に伝えていく番です。それは,昔,本川小学校の子どもだった居森清子さんと,今,本川小学校の子どもである皆さんがつながるということだと思います。

 
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校長室だより

学校だより

平和資料館

非常変災時対応

インフルエンザに関する報告

その他

広島市立本川小学校
住所:広島県広島市中区本川町一丁目5-39
TEL:082-232-3431