広島市立船越中学校

学校紹介(歴史・校章)

 本校は、昭和22年5月10日、海田・船越・矢野組合立鼓浦中学校から分離・開校し、昭和50年4月に広島市への合併に伴い、現在の「広島市立船越中学校」となりました。船越小学校と同じ敷地に同居していましたが、昭和53年9月1日に校舎を現在地に新築し、移転しました。
 およそ700年前、現在の校舎が建っている大江谷の周辺には、うす紫色の誰故草(たれゆえそう 学名:エヒメアヤメ)と呼ばれる可憐な花が咲き乱れていたと言い伝えられています。その美しい花は船越の地では大正時代に絶滅してしまいましたが、船越一帯に咲き乱れるいにしえの風景を蘇らそうとする保存会の皆さんの努力により見事に開花し、「町の花」として根付いています。


【校章】

 船越を表す「船」を基盤にして、中学校を表す「中」を組み合わせています。
 昭和50年に創立された当時、船越中学校のシンボルとしての校章を船越町役場(教育委員会)が公募したところ、船越中学校の生徒や船越町役場からの応募があり、その中から選ばれた作品だそうです。選ばれた校章は、中学生の作品とも類似しており、当時の中学生は、「中」は「船」の帆柱のようにどっしりとし、嵐にも耐えうる心の強さを備え、平和で希望に満ちた大海原に向かってまい進する、という思いも込めていた、と聞いています。



【学校紹介】 2024-04-30 12:24 up!

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