最新更新日:2021/04/23
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五日市小学校は「子どもにとって今日が楽しく、明日が待ち遠しい学校」をめざします。

東日本大震災弔意

平成30年度 東日本大震災弔意 放送

 児童の皆さん、皆さんがまだ小さかったころのことです。1年生はまだ生まれていません。6年生で3才か4才でした。
 平成23年3月11日金曜日、午後2時46分、8年前のちょうどこの時刻です。
東北地方に大きな地震が発生しました。
マグニチュード9.0 日本における観測史上最大の地震でした。
 その地震で家が壊れたり、大きな津波が来たりして、たくさんの命が奪われました。
津波のほかに、追い打ちをかけるように、福島第一原子力発電所が壊滅されて、目に見えない放射線の恐怖にさらされることにもなりました。
 地震でたくさんの被害をうけたことのことを「東日本大震災」といいます。
被災地では放射線や津波の被害が大きくてまだ自宅に帰れない人がたくさんいます。
 私たちは、この「東日本大震災」を忘れてはいけません。
亡くなられた方々へご冥福を祈り、皆さんで黙祷したいと思います。

 全校児童・全職員で、黙祷を捧げました。

旧日本銀行広島支店における博物館資料展示

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 昭和4年に奉安殿を立てるお金を寄贈された岡田幾松さんについて、今日聞かせていただいたお話を紹介します。
 ペルーに移民され、財を成した方です。「綿花王」と言われたそうです。
岡田さんはペルーに11校、学校を建てられています。
だからでしょうか。ペルーでは、今でも岡田幾松さんのことが知られているそうです。平成27年には、ペルーから取材に来られたそうです。

 広島は、明治元年に実施された最初の海外移民を皮切りに、全国でも最も多くの移民を排出したことから「移民県」と呼ばれています。
 
 旧日本銀行広島支店が博物館として生まれ変わります。
1・2階は通史展示とイベントスペース。
B1階がテーマ展示「海外移民」のコーナーになるそうです。
なぜ広島からの海外移民が多かったのか、その背景を探ると共に、差別や重労働、強制収容所といった様々な障壁を乗り越えて現在につながっていく北米・南米の日系移民の生活ぶりが紹介されます。そこに、写真パネルが掲げられます。
 明治の時代から昭和の始めにかけて、大変な思いで働かれ大立者になられ、ふるさとの母校に大金を寄贈された岡田さん。ふるさとへの思いはいかばかりであったでしょうか。 奉安殿は壊された後に、立派な図書室が建てられました。それも移民に行かれた方の寄贈からなっていたそうです。五日市小学校の正門前に当時寄贈してくださった方の石碑が立ててあります。

旧日本銀行広島支店における博物館資料展示

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 市民局文化スポーツ部文化振興課では、旧日本銀行広島支店における博物館資料展示を企画されています。5月連休後のオープンに向けて資料準備に動いておられます。

 その資料として、本校にあるアルバムにある写真と石碑が展示資料となるそうです。昨日、お電話いただいた時、大変おどろきました。
 今日は、その準備として、古いアルバムを丁寧に梱包されて持ち帰られました。写真を電子データにされて、写真パネルで展示されるそうです。

 写真は、岡田幾松(いくまつ)さんという方が、昭和4年壱千円を寄贈されて創られた「奉安殿」の写真です。
 現在のPTA会議室(旧図書館)のある場所に建てられていました。階段は現在もそのまま残されてます。
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学校行事
3/20 第78回卒業証書授与式
3/25 修了式・離退任式
広島市立五日市小学校
住所:広島県広島市佐伯区五日市三丁目1-1
TEL:082-921-3288